PLASの現地活動プロジェクト-新型コロナウイルス緊急支援現地レポート

ケニアレポート| 「助かった」食糧支援を受けた方々の声①

前回までの投稿で、2020年4月から3回に渡って行われた新型コロナウイルス対策の緊急食糧支援のケニア現地レポートをお届けしてきました。今回は実際に支援を受けた方々の生の声をお届けします!

 

「身体的にも精神的にも助かった」メリー・アウマさん

メリー・アウマさん(以下メリーさん)は、2018年からカウンセリングセッション(SCOPE)や生計向上のプロジェクト(FRESH)に参加していた6人の子供を持つお母さんです。夫を亡くしてからも、「私がお父さんとお母さん2人分働いているのよ」とたくましく、素敵な笑顔を絶やしません。COVID-19のパンデミック以前は、炭や薪の収集や農業で生計を立てていました。

 

(写真) 左からお子さん2名、メリーさん、トビアス(PLASスタッフ)

 

しかしCOVID-19の流行に伴うロックダウンが始まった途端、自由に行き来ができなくなりました。生活が苦しくなり、村長さんに相談に行くも、村長さんも事務所を閉めて家にいたため、近くに助けを求められる人がいなかったそうです。

物流が少なくなり、主食のウガリの粉は60円だったのが、あっという間に80-90円に上がりました。ロックダウンが始まった2020年3月~4月は、家に食べ物がなく、手元に現金もないため、何も食べない日もありました。ウガリの粉もさらに値上がりして、以前の倍に近い100-110円になりました。子どもが多いメリーさんの家庭では大きな痛手です。

娘のウィニーさん(現在高校1年生)は、以前は平日は学校に通い、夕方は母親の家事を手伝い、週末は教会で友達と会って過ごしていました。しかし、ロックダウンで学校も閉まり、友達に会えず、何もしないという生活が10ヵ月もの間続きました。ごはんが食べられない日もあり、自分の家族が栄養不足に陥っていると感じていたそうです。

その中で届いたPLASとビアジェンコからの食糧支援により、生活を繋ぐことができました。「本当に助かりました。」精神的にも辛かった時期だったとウィニーさんは語ります。久しぶりに1日3食食べておなかいっぱいになったと教えてくれました。

現在は夜間外出禁止令はあるものの、人々が今までのように行き来するようになり、少しずつ収入を得るようになってきました。しかし、まだCOVID-19が今後どうなっていくのか見通しが付かないため、不安は残っているそうです。

大きな大きな畑をひとりで毎日耕すとても働き物のメリーさん。彼女には「自分たちの食糧を確保しながら、余剰分を市場で販売して収入を保つ」という目標があります。拝見した畑は農業研修で学んだことが多く生かされていました。植林も自分で進んで行っているそうです。数年後にはメリーさんの家の周りにたくさんのパパイヤの木が茂っているでしょう。

 

(写真) FRESH事業で建設したフェンス内でキャッサバを差立てている様子

 

メリー・アウマさんから日本の支援者の皆さんへ

「とても生活が苦しい時に食糧を届けて頂き、本当にありがとうございました。米、豆、ウガリ粉どれもとても助かりました。」

 

(写真) スタッフがお母さんに話を聞いている様子

「正しい情報と食糧の重要性」キャロライン・アコイさん

キャロライン・アコイさん(以下キャロラインさん)は2017年からカウンセリングセッション(SCOPE)や生計向上のプロジェクト(FRESH)に参加していた3人の子どもを育てるお母さんです。PLASスタッフは2019年4月ぶりの訪問になりました。2年近く会っていなかったので、子どもたちが大きくなっていて、びっくり!お母さんの家事を助ける子どもたちにたくましさを感じました。

 

(写真) 2019年4月訪問時。左からキャロライン(保護者)、ブレンダ(長女小学校6年生)、ケルビン(次男小学校7年生)、ジョン(長男高校生8年生)、海外事業スタッフ三関

 

(写真) 2021年1月訪問時。左からキャロライン(保護者)、ブレンダ(長女小学校7年生)、ケルビン(次男小学校8年生)、ジョン(長男高校生1年生)、海外事業スタッフ三関

 

COVID-19のパンデミック以前は炭や薪の収集や、小魚の販売で生計を立てていました。日々の食事は、ウガリや葉野菜等々を1日2食が多かったそうです。

しかしロックダウンが始まったことで突然仕事を失い、1日おかゆ1食のみの生活になりました。小学校6、7、8年生の育ち盛りな子どもたちは元々バランスの取れた食事を取れておらず毎日おなかをへらしていましたが、それがさらに悪化しました。また、「コロナ」という言葉だけが一人歩きし、何が起きているか把握できず、とても恐かったと話してくれました。テレビやラジオを持っていない家だと情報が少なく、人づてに聞いた間違った情報が広まることもあるのです。

長男のジョンくんは2021年1月から高校生になりました。2020年2月から高校生活が始まるはずが1年遅れて、新しい生活が始まりました。以前は友達と外でサッカーをしたりして遊んでいましたが、コロナ禍で学校が閉まり、家で家事を手伝う毎日でした。ごはんは満足に食べられる日はありませんでしたと話してくれました。

そんな中での、PLASからの食糧支援。

「とても助かりました。石鹸を一緒に受け取り、ビアジェンコのスタッフからもよく手洗いをするように指導をもらい、予防対策できました。」と話してくれました。また、毎日ではないにしろ、おなかいっぱい食べられる日が時々あった、とも教えてくれました。

現在は、キャロラインさん一家や周りの人たちもCOVID-19について正しい情報を得ることができたことで、以前のようなパニックはなく落ち着いているそうです。高騰していたウガリの粉や砂糖の値段も以前と同様に戻りました。

 

ジョンくんから日本の支援者の皆さんへ

「PLASのみなさん、今回は食糧を支援してくれて、本当にありがとうございました。これからも続けてほしいです。生活が苦しい人は他にたくさんいるので、多くの人に支援をしてほしいです。」

「食糧支援が生活の希望となった」リリアン・アティエノさん

リリアン・アティエノさん(以下リリアンさん)は2017年からカウンセリングセッション(SCOPE)や生計向上のプロジェクト(FRESH)に参加していた2人の子供を持つお母さんです。PLASスタッフは2019年4月ぶりの訪問になりました。49歳のリリアンさんですが、病気で体調を崩すことが多く、2人の娘が家事をしながら、生活しています。最近では畑を耕す十分な体力がないということでした。

 

(写真) 保護者リリアン、セルビン(高校1年生)

 

COVID-19のパンデミック以前は薪の販売や農業で生計を立ていました。元来病気がちであったリリアンさんは、COVID-19が流行し始めてからは毎日がとても不安だったそうです。経済が落ち込み収入も下がる中、COVID-19への感染を疑う症状が出たため、病院に行きました。感染はしていませんでしたが、病院に行くだけで他の人から感染してしまいそうで、とても恐かったそうです。ストレスも重なり、体重も減りました。

「その中での食糧支援は私の家族を救いました。」

本当に食べ物もなく、精神的にも不安定でしたが、支援が2020年4月と8月に届き、生活に希望を感じるようになりました。

娘のセルビンさん(現在高校1年生)は、今まで母親を支えながら学校に通っていましたが、COVID-19が感染拡大し、1年遅れて高校生活を開始しました。母親の病気をとても気にかけています。高校の学費の支払いが落ち着いていないこともとても気がかりです。

現在は感染拡大は終焉したように感じているとのことでした。だからと言って、生活が改善したわけではなく、引き続き生活が苦しい状態です。体調も悪いための心配な毎日です。

 

(写真) 左ビアジェンコスタッフがセルビンにインタビューしているところ

 

 

引き続きPLASは、ウガンダ、ケニアに支援を届けてまいります。応援の程、どうぞよろしくお願いいたします。

 

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