PLASの現地活動プロジェクト-新型コロナウイルス緊急支援現地レポート

ウガンダレポート| GENERYSさまより、ウガンダのHIV陽性者へ物資支援が届けられました。ー前編ー

ウガンダは政府からマスク着用の義務化されていますが、食糧不足で苦しい生活をする人々はマスクを買うことが難しい状況にあります。PLASで食糧配布を行っている際も、現地パートナー団体であるマルチパーパスから多くの人がマスクを買えない状況にあることが報告されていました。

 

この度、異世代間交流・協働・共創ネットワークのGENERYSさまから、新型コロナウィルス感染症蔓延により生活が苦しくなっている人々を支援したいというお話をいただき、ウガンダのルウェロ県、HIV陽性者と家族のコニュニ ティにマスク、消毒液、体温計を配布することが出来ました。

 

ウガンダ県ルウェロ県

  • Makulubita村    40家庭
  • Bugayo村         40家庭
  • Waluleta村       30家庭
  • Semyungu村    30家庭

 

合計約840名の子どもとその家族に1680枚のマスクを配布しました。現地でのマスクの配布は、パートナー団体であるマルチパーパスが担いました。

 

 

10月末日、GENERYSメンバーで、ウガンダの首都、カンパラ市に勤務の山林さまのご協力のもと、マスクを配布した人々へのインタビューが行われました。訪れたのはWaluleta村とSemyungu村の2箇所です。

 

訪問時にはインタビューだけでなく、配布したアイテムをどのように使っているのか、使用する点で困っていること等はないかのヒアリングと共に、改めてマスクや消毒液の使用方法のレクチャーと使用上の注意点を伝えました。マルチパーパスのスタッフの使用レクチャーには、みんな真剣に耳を傾けていたそうです。

 

 

それでは早速、現地からのリアルな声を皆様にお届けします。

現金収入がほとんどありません

Monica(20歳・女性) 9か月の赤ちゃんがいる母親。夫と電話修理業を営む。 

「皆の収入が減ったためか携帯修理の顧客も激減し、現金収入がほとんどありません。十分とはいえませんが食糧配給はあります。ただ、衣服の配給がなく、服を買う余裕はありません。赤ちゃんの服も手持ちは少ないです。」と語る新米ママのトップスから見える下着は切れてボロボロ。3カ月 に1回首都カンパラにある病院へ薬をもらいに行っていますが、交通費が高く訪問するのも大変だと語りました。

配給のお米は3日でなくなってしまう

Jamiil (56) Prossey(52) 学校用ノートの製造業を営む夫妻。子ども4人は成人している。

 「学校が閉鎖になったためノートの需要がなく現金収入はほとんどありません。小さな畑を耕して食糧を得ています。いつもの支援は非常にありがたく皆助かっているので、代表してお礼を伝えたいです。ただ配給量が人数でなく家庭ごとに同じ料が配給されるため、家族の人数が多い家庭は厳しいです。配給されたお米は3日でなくなってしまいます。

子どもの学費が不安です

Theopista(49歳・女性)5人を持つシングルマザー、1人は成人している。コーヒーで生計を立てている。 

「マスク配給はとてもありがたいです。ただ子どもの食糧と衣料が不十分なのと、学校が再開された際の学費がとても不安です。コロナのことは聞いたことがありますがどのようなものかよく知りません。」と語る彼女は疲れ切っている様子でした。32歳の長男はバイクタクシーの運転手、15歳の長女は衣服の修理業をして家計を支えています。 

外国人観光客が来ないので仕事がありません

Nusura(31歳・女性) 3人の子どもを持つ母親。夫は観光業のサファリドライバー 

「子どもたちはテレビでコロナについて学んでいる」という彼女は、「今回の支援はとてもありがたいです。ただ外国人観光客が全く来なくなったので夫は仕事がなく、家族で畑仕事をして何とかしのいでいるような状態です。食料をもっと配給してもらえるとありがたい」と語ってくれました。

予防の徹底をあらためて

山林さまの報告によると、訪れた村の人々は、知識の差は見られますが、HIV陽性者は陰性者に比べてコロナ感染後の症状が重くなることを知っており、人から人に移るウイルスであるということも理解していました。

 

そこで、配布アイテムをより有効的に活用してもらうべく、マスク、消毒液、体温計がなぜウイルス感染予防に必要なのかを説明しました。 そして、これらのアイテムを通じて、コロナウイルスとその予防に関する基本知識もウガンダの人々に伝えることができたと考えています。

 

次回のレポートでは引き続き、現地のインタビューと人々の話を通じて見えてきた課題、そして山林さま自身が体験された現地の人々の思いやりについてご紹介します。