PLASの現地活動

調査票に見るHIV/エイズに影響を受けるウガンダの若者【1】

7月も終盤。
開催中のクラウドファンディングもあと2週間を切りました。
正直、不安や焦りも感じていますが、最後まであきらめずにがんばります!

さて、こちらの写真

これは、プロジェクトの概要にも登場した、現地の調査で実際に使った調査票です。
今回は、こちらの調査票に書かれていた内容をご紹介します。

調査票には、

・家族構成など基礎情報
・就学歴、就職歴
・家族(父親・母親・保護者)について
・自分自身について
・支援をうけた経験、差別をうけた経験
・調査をした現地パートナー団体のコメント

などが書かれています。

遠いアフリカの、エイズの、さらにエイズ孤児というあまり馴染みのない問題。
パートナー団体による、彼ら&周囲への聞き取り調査によって得られた言葉から、彼らのおかれている状況をイメージしてみてください。

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■調査票回答より(1人目)

A.基礎情報
保護者は祖母です。弟を6歳の時に、妹を生後間もない時期に、エイズにより亡くしました。母親は自分自身がHIV陽性であることを認めたがっていませんでした。

B. 就学歴
病気による体調不良で一度も学校に行ったことがありません。
両親が亡くなってからも肌の病気になってしまい、自己嫌悪により学校に通うことができませんでした。今でも親戚の人からも差別を受けています。

C.職務経歴
食品販売の仕事に興味を持っていますが、勇気が出せずに始めることができていません。
理由は自分の肌の状態が病気によってどんどん悪化していてそれにより、誰もお客さんが来ないと思うからです。まず1か月あたり580円の収入を得たいです。

D.父親について
父はHIV陽性で、私が10歳の時に亡くなりました。
彼は病気がちの私を見て、病気の細胞を持っている子どもは一生治らないと判断して、育児を放棄しました。

E.母親について
7歳の時に亡くなりました。母親もHIV陽性でした。
私は母親が大好きでしたが、当時はお金もなく十分な育児をしてもらうことができませんでした。

F.保護者について
7歳から保護者の祖母と一緒に暮らしています。
祖母は私を育ててくれたと思っているのでまあまあ、好きです(原文:Do you love her?→Yes, a little)

G.子供時代の環境
【他者からのサポートの有無】
家族は政府から財政支援を一切受けることができていません。コミュニティからのサポートもありませんでした
宗教指導者からは精神的な支援を時に受けました。NGOから食料や飲み物の支援を受けたことがあります。

【HIVエイズによるスティグマ(※注1)/差別の有無】
私のいるコミュニティではHIV陽性者やエイズ患者に対してスティグマ/差別があります。私自身も多くの差別を受けました。言葉でも多くの差別を受けました。

H.本人自身について
私は10歳のときも今でも、自分の人生に対して満たされていません。
私は自身のこと全てにおいて自信を持てません。

■現地パートナーのメモ
彼女は度を越えたスティグマや差別を感じ、自分の容姿にも自信がないために自尊心は低く、閉鎖的になってしまっています。
彼女は生まれてから未熟児で病気がちだったため、家計の負担としてとらえられ、早々に祖母の家に預けられてしまいました。
6歳から現在までの人生ですごく辛い想いをしています。6~9歳の頃に母親と弟を亡くして祖母に預けられ、10~13歳の頃には父親を亡くし、14~17歳の時にはその祖母が寝たきりになってしまいました。
自分が母親からHIV感染したため、自分のいる環境の中で多くのスティグマや差別を感じています。

※注1
スティグマとは、”烙印””レッテル”といった意味で、ある性質をもつ人たち(ここではHIV陽性)に対して、ネガティブな認識やイメージを付与することです。
これが、仲間外れや言葉の(時に身体的な)暴力といった形の差別につながります。
また、本人が自身や家族にスティグマを感じることで、劣等感や自尊心の欠如、引きこもりといったことにつながることもあります。

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■調査票回答より(2人目)

A.基礎情報
私は一人っ子で、父方の祖母が保護者です。作物販売と自給自足のための農業をしています。
現在、子供という立場で保護を受けるのではなく、逆に祖母の介護をしています。

B. 就学歴
家計の事情で学校を中退してしまいました。初等教育7年生まで奨学金制度を受けていましたが、それが終了してしまい、祖母が学費を払うことができなかったからです。
良い成績を収めていたと思っていますが、卒業試験を受けることができませんでした。

C.職務経歴
現在はピア・エデュケーター(同じような境遇にあるHIV陽性ユースの不安や困難に耳を傾け、心身の健康増進をサポートする)のボランティアをしています。
以前は家政婦をしていました。将来は美容師になり、1か月あたり4,350円(150,00UGX)を得たいと考えています。
服の仕立てに関する知識を職業訓練を通して学びましたが、高齢の祖母に代わって全ての家事をやらなければならなく、結局その職業訓練教育を終えることはできませんでした。

D.父親について
父親はHIV陽性で、治療も受けていました。
自分のことを育てることができなくなったとき、祖母に預けられました。その後8歳のときに父親は亡くなりました。
父親は私のことをちゃんと育ててくれて、良い関係も築けていたので私は彼が大好きでした。

E.母親について
母親は私が2歳の頃に亡くなってしまったので、よく覚えていません。
母子感染により、自分もHIV陽性となってしまいました。

F.保護者について
祖母は私をちゃんと育ててくれて、良い関係を築けていると思います。

G.子供時代の環境

【他者からのサポート】
親戚から頻繁に財政支援を受けています。政府やコミュニティからも、時に支援を受けます。NGOからは食料や水の支援を受けています。

【スティグマ/差別の有無】
私のいるコミュニティではHIV陽性者やエイズ患者に対してスティグマ/差別がとてもありますが、私の場合は明白な差別は受けたことがありません。

H.本人自身について
私はHIV陽性で赤ちゃんの頃からHIV治療薬を受けています。生きていくためのスキルには自信はありません

■現地パートナーのメモ
6-9歳の頃に極度の貧困状態に陥ってしまい、紅茶しか飲めないような生活をして、さらに父親を亡くしてしまいました。
両親がいない・特に母親とほとんど関わることがなかったことが寂しく、エイズ孤児として過ごしたことをつらく思っています。

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一言にHIV/エイズに影響を受ける若者 と言っても、置かれている境遇はそれぞれで、そしてそれぞれに複雑です。

明日の記事では、もう一人別のケースをご紹介します。

 

★このプロジェクトが成立して、彼らに未来を切り拓く力を届けられるよう、応援をよろしくお願いします!

エイズと共に生きる、ウガンダの若者の未来をつくる職業訓練を!

https://readyfor.jp/projects/uganda-plas

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