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【Weekly News】南アフリカ:娘が語るHIV/エイズ活動家の死

1998年、HIV/エイズ活動家であったグーグ・ドラミニさんが、自分がHIV陽性者であると公然に打ち明けた後ダーバン市外で打ち殺された。HIV陽性が不名誉であることの深刻さを表す一例である彼女の死は、南アフリカを動揺させた。当時13歳だった彼女の娘マンディサさんは現在25歳となり、南アフリカエイズ会議2011で自身の経験について語った。

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皆さんの多くは、HIV陽性であることを公表した英雄としてグーグ・ドラミニを知っているでしょうが、本当の彼女を知らないでしょう。

私の母(グーグさん)が最初に官給の家を得た時、周囲の人々は「彼女は仕事もなく、母子家庭の母親なのにどうやってこの家を得たのか?彼女は市会議員と寝たんだろう」と言ったそうです。

私は、私の母がHIV陽性である事を打ち明けたのが12月だったのを覚えています。彼女は最初に私のところへ来て「私はエイズについて皆に伝えに行くわ」と言いました。私はエイズとは何か知りませんでしたが、母は全国テレビで自身について語っていました。数日後、母の友達が「パーティーに行きましょう」と母を誘い、出かけて行きました。それが私が最後に生前の母を見たときでした。

そのパーティーでは、ある男が母に「お前はここで何をしているんだ?私たち全員を殺したいのか?」と詰め寄ったそうです。それから周囲の人々も加わり、あらゆる物で母を殴打し、それが終わると彼女を崖の下に押しやった。母は月曜日に亡くなりましたが、私は水曜日まで母の病院に行くことが出来ませんでした。母は全身がとても腫れあがっていて、私は彼女を認識すら出来ませんでした。

私は人生が終わったと思いました…私が経験した痛みを想像出来るでしょう…未来を共に描いていた人がもう居ないのです。私を世話すると言ったソーシャルワーカーたちは、私に決して話しかけることもせず、他の友達や家族は皆逃げて行きました。私は生き残るために酒場で働き、酷いことを強制されました。私がまだ14歳の時です。15歳で出産をする辛さも経験しました。

私がプレトリア州に逃げた時、私を保護してくれた女性と巡り会えました。彼女は私に強い女性になる方法を教え、無条件の愛を与え、私を守ってくれたのです。

(文責:米良真理子)

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原題:South Africa: Mandisa Dlamini, “You don’t know the real Gugu Dlamini
日付:8 June 2011
出典:Plus News
URL:http://www.plusnews.org/report.aspx?ReportID=92929
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